ひとりごとのつまったかみぶくろ

 1991年10月19・20の両日に、鹿児島経済大学で、日本社会福祉学会第39回全国大会が開かれました。私が属している表題の共同研究グループは、この全国大会において、研究成果をその2年前から発表していたのですが、この年は、私の分担の研究について、その第3段として発表させていただきました。その発表のために準備した口述用の原稿がありますので、それに当日の質疑応答の内容をアレンジして一応まとまった文章をこしらえてみましたので、それを載せることにします。

戦後日本の非行問題(その3)

 ―「犯罪白書」を素材にして―

                        KATO   HIEI    KATO
                        NODA   FUNAHASHI SANO


 はじめに
 「犯罪白書」が示す非行の特質と背景
 「犯罪白書」の書物としての特徴と取り上げられた一過性の記事
 白書の非行分析についての考察

 はじめに

 私たち「戦後日本の非行問題」研究グループ6人は、戦後日本の非行問題が一体何であったのか、あるいは何が中心の問題であったかを解明しようと試み、6年前から定期的に研究会を開き、学習と研究を続けてきました。

 その中で、朝日新聞の新聞社説を用いての考察、そして警察統計等の分析を通しての考察、と、この二者については当学会において、一昨年には S.KATO 氏が、昨年は M.KATO 氏がそれぞれの発表を終えました。

 今回は、その第三段として、1960年より法務総合研究所が発行している「犯罪白書」を用いて、これから述べるような分析と考察をまとめることができましたのでそれについて発表することにしました。すなわち、この「犯罪白書」第1巻発行の1960年つまり昭和35年版から1990年発行の平成2年版までを通して、この「犯罪白書」というものがとらえた特徴が何であったかを分析してみました。

 前2回の発表でも示しましたが、「犯罪白書」に記された内容や見解がそのままマスコミを通じて宣伝されることによって、この問題に関する世論の形成に大きな役割をはたしていることが分かったので、この内容や見解がどのよう示され、またどのように変化してきたかを見定めることは極めて重要な態度と考えます。


 「犯罪白書」が示す非行の特質と背景

 「犯罪白書」(以下単に白書といいますが)、白書は、発刊当初の試行錯誤の時期を除けば、ほぼ一貫しているいくつかの項目があります。それは、第1に非行の行為内容に関するもの、第2に共犯ないしは集団化について、第3に、再犯について、第4には学歴職業、第5に家庭階層についてです。また、また一時のというか一時期集中して取り上げているものに、地域問題または都市化現象、被害関係、女子非行の3点があります。なお、非行数、人口比、少年比、年齢層の変遷については、毎年、基礎数字は掲げてはありますが、「この年はこのような特質等がある」というような形で触れているものが時々ある程度で、それぞれの行為の質について毎年言及されていてもよいはずだが、と私たちは思うのですが、そうはなっていませんでした。

 では次に、今掲げた5つの項目、そして一時期的な3つの項目について、概説風に述べることにしましょう。

 第1の、非行内容に関するものは、取り上げられる中身は、粗暴犯、性非行、窃盗、薬物非行、交通非行が主です。細かくなりますが、まず粗暴犯の取り上げられ方は、昭和30年代は性非行と併せて、昭和50年代以降は、校内暴力、暴走族、家庭内暴力、いじめという形で取り上げられています。窃盗については、昭和39年版いわゆる第2のピークの時期に数的に注目されたほか、昭和50年代前半からは横領、多くは自転車泥棒と併せて、「遊び型」の代名詞としての扱いを受けるようになります。薬物については、睡眠薬遊びからシンナー、覚醒剤への動きをたどり、昭和45年版にはシンナーへの言及が始まります。交通については、昭和35年の道路交通法成立以後注目され続けており、違反・事故への関心から、自動車窃盗という目的、また犯罪手段としての自動車使用にこの問題の言及が移り、強まってきています。昭和50年代以降は暴走族の記述がより詳しくなってきます。特異事件としては、昭和45年版に連続射殺の永山事件、それと高校生首切り事件の記述が見られます。

 第2の、共犯ないしは集団化については、「共犯が多いのは少年事件の特徴」と言わせるほど、(これは昭和51年版に記された言葉ですが)、ほぼどの年版もこの点を言及しています。成人事件との比較に始まり、昭和50年代に入ると、暴走族への注目がなされ、昭和50年代後半では「非組織集団化」が強調されるようになってきています。

 第3の、再犯については、再犯者率と再犯速度が常に問題にされています。その中で昭和60年代に入ってからは、再犯者率の減少が指摘されています。

 第4の、学歴職業については、これに関連する項では一貫して学生生徒の比率が問題にされています。昭和30年代後半からは高校生の増加、昭和40年代後半については大学生、そして昭和50年代以降は次第に中学生、わけても校内暴力に比重が移ります。昭和40年代後半にかけての動きは「団塊の世代」の人口移動の影響が推定させられます。その証拠に、昭和40年代前半は中卒都市流入有職者、やや後に高卒有職者の非行が問題となります。またそのころに高校中退も問題になります。無職少年については犯罪の温床になり易いということで、時々その増減が注目されています。

 第5は、家庭階層についてですが、家庭問題は、中流化問題が中心課題となっています。昭和40年版ごろを境に「貧困」「欠損」という従来の社会学的考察枠を越えて、次第に都市化、核家族化の中の家族機能のあり方の検討が中心になっていきます。家族機能の障害としては、昭和35年版に家庭内不和葛藤、また昭和37年版に親の愛情欠如として取り上げられていますが、以後は親の係わり方に関心が集中するようになります。また、一時「母親の就業による接触障害」、これは昭和37年版から44年版まで、どちらかというと仮説提示という形で取り上げられましたが、昭和45年版以降は、かえって共稼ぎの一般化によって非行抑制となるととらえかえされています。なお、それ以降、両親が揃う家庭の減少が指摘されています。

 次に、限られた時期にのみ取り上げられた問題について述べます。

 その一つは、地域問題または都市化現象です。地域について語られるのは、昭和37年版から54年版の間です。当初は高度経済成長に伴う人口の大都市集中による非行の遍在と地域的特色について語られ、巨大都市のもつ消費促進、歓楽街、スラム、そして都市流入少年の生活と不安定と転職イコール転落問題が取り上げられていました。昭和45年版頃からは大都市からの非行の拡散、つまりドーナツ化現象に伴う周辺都市への波及が指摘されるようになります。また、昭和50年版前後には非行の居住地内発生の高さが取り沙汰されました。なお、昭和40年代後半まで地方都市の性犯罪の高率発生が触れられています。

 二つ目に、被害関係が挙げられます。被害関係が最初に取り上げられたのは昭和42年版です。とりわけ重視されたのは被害−加害関係の希薄化、不特定多数被害の犯罪、例えば通り魔犯罪等、です。昭和44年版から52年版には必ずそれらに触れられ、被害−加害が無関係の非行の増大が伝えられましたが、昭和49年版の79パーセントをピークにその数値も次第に下降していきました。

 三つ目は、女子非行です。女子非行が問題になるのは昭和50年代に入ってからです。それまで低かった女子の比率が高まった点、特に万引が増加した点、と、性非行に力点が置かれた記述となっていきます。性非行の増減はごく短期の統計判断をしており、また青少年条例違反なども含め、補導件数が多い少ないでこれを問題にしています。


 「犯罪白書」の書物としての特徴と取り上げられた一過性の記事

 次に、犯罪白書の書物という観点から、この書物がもっている特徴を述べることにしましょう。

 私たちが普通もっている感覚からいえば、白書という性格からいって、そこに記載される記事や章立ては、毎年系統立った立て方がしてあるものと思いがちですが、これの初期のものをいえば必ずしもそうとはいえません。前年版の様式を蹈襲して構成されたという形になったのは昭和44年版を起点とした以後の版であり、それ以前の版はそれぞれが独自のテーマをもったどちらかというと単行本という感じです。44年版以降は、53年版から57年版まではそれぞれ独自の構成を試みた時期はありますが、58年版以降は57年版の構成を蹈襲して現在まで続いています。

 そのような移り変わりはあっても、その時々の人々の関心や世論、または行政の姿勢を反映してか、白書に副題がついたものがあり、それに関連した編が設けられてその中に少年非行の問題と関連した記事が入っていたり、その時々の時勢を反映したテーマの記事が挿入されたりしています。そのような形で組み込まれたものを概略的に揚げてみます。

 昭和35年版は、この白書の第1号という意味もあると思いますが、「少年犯罪の対策」という章を設けて、国がこの問題に対してどのような活動をしているかについて、少年警察、少年検察、家庭裁判所を始め、国の各種機関、更には児童福祉の分野や民間の活動にまで及んで、様々な事業についての解説が詳しく述べられています。これほど詳しく記述されているものは以後ありません。各事業についての項目は以後の版にも続きますが、動向とか収容状況等の客観的事実の報告が主です。

 またこの版には、「諸外国における少年犯罪対策」という節が設けられ、イギリス、アメリカ、西ドイツ、フランスの各国少年裁判法政等を紹介しています。更に「少年犯罪の予防活動」という章が設けられ、コミュニティー・オーガニゼーションやBBS運動、社明運動等に関しての記事があります。これは38年版にも関連記事が載りますが、以後はありません。

 36年版は保護観察についての大きなテーマが設けられており、その中で「少年法の保護観察処分」の記事があります。

 38年版独特の記事は、「少年院の特殊化計画」で、少年院の4分類化についての解説があります。また青少年問題協議会の活動の紹介記事があります。

 41年版は「(少年)犯罪の原因と背景」という章を設けて、発達心理学、社会学、精神病理学、生物学等の観点から、いろいろな学説やアプローチの方法を紹介しています。分析を試みた記事は他のほとんどの版にも記述されていますが、これほど多岐に渡って論述されているものはほかにありません。また、当時関心を呼び起こした「青少年保護育成条例」「少年法改正問題」の記事があります。

 43年版は「犯罪と犯罪社処遇の100年」という編が設けられ、その中で「少年法および更生保護法令」、「少年保護および更生保護関係制度」の記事があります。

 52年版には「欧米諸国における少年犯罪の動向」の記事があります。

 55年版には「犯罪者処遇の推移」の編の中に「非行少年処遇制度の推移」の節があり、少年矯正や少年の更生保護についての沿革が述べられています。

 56年版の副題は「少年非行と金融機関強盗の動向と対策」で、唯一ここに「少年非行」の語句が載っています。また、「各国の少年非行の実状」の章が設けられ、アメリカ、イギリス、西ドイツ、フランスの少年非行の動向や少年司法制度の紹介の記事が載っています。更に「少年非行の諸問題」の章が設けられ、「国際的視野から見た我が国の少年非行」「少年非行の激増の要因と背景」「少年非行の防止対策」の記事があります。

 59年版には「豊かな社会における犯罪」という編が設けられており、その中に「非行少年の意識」と増加する窃盗に関する記事があります。

 60年版には「再犯防止と市民参加」の編が設けられ、その中に少年保護に関するもの、非行少年の各機関における処遇に関するもの、「警察における少年補導員等」の記事があります。

 62年版には「犯罪及び犯罪者処遇についての国民の意識」の編が設けられ、少年による万引事犯、親殺し・子殺しについての実態、その犯罪者に対する処罰についての国民の考え方を論じた記事があります。

 また、この白書における少年非行の関連分野の取り上げ度合いですが、犯罪白書の総ページ数に対する少年非行に関連する記事のページの割合は、昭和35年版から平成2年版までを通した平均をあげれば、28.3パーセントでした。ほぼ毎年20から30パーセントで推移しており、比率の高い版は、昭和41、45、平成2の各年版で、また特に低い版は、昭和36年版というところでした。


 白書の非行分析についての考察

 犯罪白書は、犯罪社会学的な分析が主流であり、関係分野の方は御存知の人も多いと思いますが、グリュックやヒーリー、サザランド等が行った犯罪社会学研究の水準を反映した理論仮説に基づき現状分析が行われているとほぼ確認できます。記述の対象になる非行は、主として刑法犯であり、その動静については10年以内の短期統計でものを言っています。全体の印象としては、特質や背景を述べながらの事実記載が中心であり、原因追求が今一つ弱いと感じました。例えば、家庭階層の「中流化」における家族の機能障害分析では、親たちの生活の現状への言及は乏しく、なぜ過剰な養育に関わりが出てくるのか分析されていません。また、学生生徒の非行増加は進学率の向上に伴うものであるが、高学歴が非行抑止になるという仮説との関係では踏み込んだ分析になっていませんでした。

 しかし、白書分析が表面的な分析に留まっている、などというつもりはありません。例えば、声高々に「低年齢化」を叫ぶのではなく、「団塊の世代」の人口動態に着目したり、都市化と流入少年の詳細な検討を試みるなど、興味をそそられるものも多数ありました。特に、自動車関連の非行については、違反と事故、そして窃盗対象としての車両、更に犯罪手段としての車というように、総合的に「クルマ非行」をとらえる視点は示唆されるところが大きかったです。

 白書ゆえに官庁統計としての実績に基づく強調があるものの、非行の特質と背景をつかむための努力は多岐にわたっており、総合的と評価してもよいでしょう。欲を言えば、行為の質と関わって、動機や心理機制にまで言及されていないのは残念でした。

 おわりに 私たちがこの「犯罪白書」の分析を通して得た感触を最後に述べることにしましょう。

 少年非行に関する統計資料というものは、私たち一般市民にとっては極めて入手困難なものとなっています。そのような中で、白書は、それぞれの機関で作成した統計をもとにして、加工して論評を加えたものではありますが、私たち一般市民が目にすることができる唯一といってもよい統計資料であり、またその当時のこの問題についての概説であり、評価であるわけです。だから白書がこの問題について、マスコミの力をも得て、世論を形成するのに大きな影響力をもっていたのではないかという認識を得たということを示して今回の発表を終えようと思います。

 (会場から指摘されたことですが)、少年非行についての記述がある白書としては、この犯罪白書のほかに、警察白書、青少年白書、また民間団体がまとめたものとして、子ども白書などがあります。これらの分析の必要性ももちろん感じているわけですが、私たちが行っているこの研究は、いわゆる基礎研究という部類に入るものでしょう。実際私がこれをまとめるために費やした時間は膨大なものですし、作業も正直いってうんざりしました。私は趣味の一つ?としてこれを行いましたが、この種の研究は私たちのような実務家が行うものとしてはどうしても限界があります。この種の研究は(この会場にも多数みえる)専門研究家の奮闘努力を期待したいというところが私の正直な気持ちです。

 なお、私たちの研究の今後の方向として、現在「判例」をもとにした分析・検討を進めており(K.SANO 氏担当)、それについての報告が次の機会に発表できるよう準備を進めていますので、それについてもご期待ください。本日はどうもありがとうございました。

  (1991.10.19)



 [ 1997. 3.20 登載] 
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