ひとりごとのつまったかみぶくろ
少年少女クラブ「風の子」実践記


 私は、在学中より数年間、「少年少女組織を育てる全国センター」という任意団体の運動に係わっていた時期があります。その運動の中で、ある公営団地の中で自主的に結成された子供会「少年少女クラブ『風の子』」の活動に係わった時期がありました。その時の活動について、センターの全国集会(昭和53年5月27・28日に京都で行われた「第4回中央指導員学校」)の場で報告する機会がありましたが、その時に用いた資料を、ワープロで打ち直して、ここに掲載することにします。

 この文章に出てくる、「少年少女クラブ『風の子』」は、ある公営団地の中で自主的に結成された子供会です。少年少女クラブには、幼児から小学生の年齢の子どもたちが入っており、会員数は約40名、そしてその運営は、小学校高学年の会員が組織する「運営委員会」が行っています。この「運営委員会」に対しては、有志の成人や学生、また会員で中学校に進学した人などが組織する「指導員サークル」のメンバーが、指導に当たっています。


一年間の活動を振り返って

 はじめに

 今回、ここに示した文章は、私が、少年少女クラブ「風の子」運営委員会を、前年度の一年間(昭和52年4月から翌年3月まで)、指導を受け持った間に書きためたものを整理したものです。この文章は、少年少女クラブ「風の子」の指導のための指導理論構築を目標とした雑考の記述であり、具体的な事例や記録の記述については、一部にとどめました。

 少年少女クラブ「風の子」の活動については、「少年少女を育てるために」誌、第141号にて紹介されましたが、今回の文章は、その活動の翌年の活動について述べたものだということを付け加えておきます。

 私は、ここに文章として書いたことが、完成品とは考えていません。少年少女クラブにしても、指導員サークルにしても、それらは、メンバーも、方法も、その前年と比べれば、少なからず変化しているものであって、そのようなことが、私たちのクラブ、サークルの成長につながっていると信じています。この雑考から、さらに、来年の方法が見出されることとなれば、それほど幸いなことはありません。



 運営委員会への指導の方法(申し合わせ事項として)

 1.運営委員会は、毎週1回(毎週水曜日、後に火曜日に変更)午後7時から8時30分までとする。(この時間は私の職業上の都合によるものであり、運営委員会が完全に自立した後は、この時間をもっと早めたい気持ちである)

 2.運営委員会の会場は、運営委員それぞれの家の持ち回り制にする。…しかし、これが完全に定着したのは、10月ごろになってからである。

 3.議長を明確にする。…Nくん(小学6年生、男性)を議長に指名、以後彼を議長と呼ぶことにした。

 4.各回ごとの議題を明確にする。…この年の前半においては、毎回の議題は主に指導員が設定した。一回につき、議題は、一つか二つ。その議題が結論に達したら、その日の運営委員会は閉会。時間が余れば、ゲームをした。(事例A)

 5.議題の結論は、個人的意見のままでは終わらないようにする。…子どもの会議というものは、誰かが言った言葉が、そのまま決定かのように導かれてしまうということがよくあるが、もしそのような場面が目に入ったら、指導員は直ちに「それは君個人の意見か、それともみんなが賛成した決定か」と横槍をつつくようにした。



 運営委員会には、「やらなくてはならないこと」、つまり問題解決をすべき明確な課題が設定された。それに付き添う形で、「他の子どもたちからの信頼の要件…責任」も付きまとうことになった。

 彼らは、なすべき課題は与えられた。でも、その方法は誰も教えなかった。すべて自分たちで、その方法を見つけなければならなかった。

 オリエンテーリング大会を行なうことは、他の子どもたちみんなに公言した。早急に計画をたてなければならない。彼らは指導員に聞いた。「ねえ、何をやったらいい?」しかし、今度の新しい指導員は、「さあ、自分たちで決めてごらん。」と言うだけ。部屋の中に置いてあった漫画の本を読んで、ケラケラ笑っている。彼らは、きっとこう思ったであろう。「なあんだ、今度の指導員、何も教えてくれない。」

 指導員は、子どもたちをつっぱなした。こう表現しても構わないであろう。こうしたのも、指導員として、ある意図があったからである。「君たちは、指導員サークルに頼りすぎている。」と。…これは口実である。

 幸いにも、彼らが決めた、この年一年間の行事予定は、その前の年のそれのほとんど焼き写しであった。彼らは力強い手本を持っていた。彼らは、既に、それらのイメージを持っていた。また、それらがどんなに楽しいものであるかということも知っていた。彼らのアイデアを組み立てるにはことかかなかった。



 運営委員会が行なったこと(行事の企画作業として)

 この年(昭和52年4月から翌年3月)に、運営委員会が行なうことを(行ないたいと)決めた行事の予定は、オリエンテーリング大会を始め、ゲーム大会、キャンプ、サイクリング、運動会、クリスマス会、新年会、マラソン大会、球技大会、等々、10はあったと思われる。ちなみに、それらのほとんどが、このクラブが、その前年に行なった行事の焼き写しであったことを付け加えておく。しかしながら、この年度に、運営委員会が企画し、実施までこぎつけたものは、次の5つの行事だけである。すなわち、「オリエンテーリング大会」(5/29)、「第3回風の子キャンプ」(8/27から28)、「運動会」(11/13)、「マラソン大会」(2/19)、「ドッヂボール大会」(3/5)であった。なぜ、たったこれだけしか実施できなかったのかというと、これらの企画のすべてを子どもたちだけで任せたわけであり、多くの行事を行ないたくても、なかなか計画が進んでいかないのである。本当は、「オリエンテーリング大会」は、4月に実施するはずのものであった。そのようなことのために、「ゲーム大会」等は、取り組む前に、実施を断念せざるを得なかったのである。

 「サイクリング」については、実施するつもりで、取り組みを始めたのであるが、彼ら自身の判断で断念を決めたものもある。(事例B)



 各行事の企画を通しての成果

 オリエンテーリング大会
 行事内容の立案、準備については、すべてをつっぱなすことにした。それによって、自分たちで、自分たちの行事を計画するということを経験した。オリエンテーリング用の旗も、自分達のアイデアで作ったし、自分たちの意見が、実際の現実のものとなったことに対して、かなり満足を感じていたようである。

 第3回風の子キャンプ
 「第3回『風の子』キャンプ」報告書から、を参照

 運動会
 指導員としては、行事細目表の作り方、という分野ではかなり指示をしたが、行事内容、細目、そのものは、すべて子どもたちのアイデアである。当日の進行もすべて子どもたちで行なったし、この件に関しては、指導員は傍観していただけである。指導員が行なったことというと、学校グラウンドの借用申請ぐらいである。

 マラソン大会、ドッヂボール大会
 この2つの企画については、指導員からは、ほとんど何も口を出さなかった。立案、委員の担当分け、地域への呼びかけ、予算決め、当日の役割、賞品の購入、進行、すべて自分たちで行なった。指導員に言わせれば、「え、もう終わっちゃったの。」という口調である。両行事当日、私は都合のため、出席できなかった。でも無事に終了していた。子どもたちからみれば、かなり好評だったようである。



 事例A

 4月20日、この日の議題は、「オリエンテーリング大会」の参加者の範囲について。意見として、「小学生以上にする」と「幼児も含める」とでまっ二つ。議長も含めて男子すべてと、多数派は、その後者の意見。それに対して、前者の意見は、ほとんど無口で、引っ込み思案のMさん(小5、女性)一人。たまたま、議長が、「舟橋さんはどっちがいい」と聞いたものだから、私は「小学生以上がいい」と答えたら、Mさんとしても神の力を得たとばかり、大反発。「だって、去年の場合だって、小さい子がいたため、その子が泣いちゃって、ちっとも前に進めなかったがねぇ。」「私、小さい子をおんぶして走るのなんて、いやよ。」多数派曰く、「でも、小さい子だって会員の一人だし、その子を参加させなかったら、お母さんたちに文句を言われるよ。」そうしたら、「だったら、どうして小さい子にとって難しいオリエンテーリングなんかやるの。」などなど。

 9時半になっても、この大論争は、結論出ず。それぞれの家から、次々に、「うちの子は、まだ帰りませんか。」と電話で催促。10時近くになって、指導員の判断で、「この続きは、次回に回そう。」と言って、その日は閉会した。それにしても、この日のようなMさんの口ぶりは、初めて聞いた。



 事例B

 9月にサイクリングを行なう予定であることは、この年の運営委員会が発足した時に決まっていたことである。運営委員会は、8月のキャンプの翌週から、この企画に取りかかっている。

 この行事の立案は、2週間という、かなり短期間で終了している。しかし、その立案の内容は、(1) 参加対象に、幼児が入っている。(2) 目的地までの往復が15kmと、かなり長距離である。(3) 途中、山道、ダンプカーが走る道がある。という様子で、指導員としての私としては、とてもやらせられるものではない。子どもたちだけによる立案なんて、とかく、こんなものである。

 運営委員会のみんなで下見に行こうと決めたことは意義深かった。その決定の日の次にくる日曜日、みんなで自転車に乗り、下見に行った。(大人は、一人も付いていかなかった。)次の運営委員会には、その下見のことを中心に話し合ったが、行き帰りに危険な目にあったという話がのぼり、いろいろ代案も出されたが、サイクリングは難しいということになり、この企画は断念することに決まった。


「第3回『風の子』キャンプ」報告書から(抜粋)

 はじめに

 今回、みなさまに配布したこの報告書は、今回のキャンプの企画を通して、キャンプ実施までの約1月半、「風の子」運営委員会の活動を記録し、その意義をまとめたものです。この報告書は、「風の子」の現在までの成果を、子どもたちの父兄や社会に理解していただくため、また、今後の指導員サークルの指導理論の構築のために書いたものです。なお、この報告書を通して、子どもたち(運営委員)の変化、成長を読み取ろうと欲する方は、前企画の報告書「つっぱなされて成し遂げたオリエンテーリング大会」を併読されると良いと思います。

 今回のキャンプ企画は、後に述べる、指導員側からの「ねらい」に基づいて行なったものであり、この「ねらい」の趣旨に対する賛否や議論は別の機会にして、この報告書を読まれる方は、その「ねらい」を念頭に置いて読んでくださるよう、お願いします。



 「第3回『風の子』キャンプ」企画のねらい

 1.自主的な企画によって、創意や要求をまとめる力を築く。

 2.企画の実施に当たって、その遂行に必要な責任感と方法を身につける。

 3.小集団(班)による、自主的生活創造の中から、「仲間」と「生活」に対する意識を深める。

 4.参加児童の父兄が、児童の活動を観察し、評価してもらうことから、父兄の、この運動に対する意識の高揚を図り、父母組織結成のきっかけを作る。



 いずれにしても、この企画の後に控えている「風の子」の組織建設において、彼らの後に続く多くの子どもたちが、本当に信頼してついてきてくれるかどうかは、彼らの現在に課せられた、この「責任」の能力を、どれだけ伸ばすことができるかどうかにかかっていることは確かなことと思います。



 指導の前提

 前回のオリエンテーリング大会の企画の経験で、「風の子」運営委員会は、自分たちの企画を、自分たちで相談して、決定するということを、形の上で学びました。

 指導員としては、次には、その企画に対して、自分たちの責任で(彼らに続く多くの子どもたちの信頼の維持の上にたって)実施、遂行していく力を養わせたいという気持ちが生ずるのは、ごく自然なことと思います。

 ところで、前回の企画において、彼らに、満点の評価を与えたものでない現状において、今、このような、彼らにとって、かなり高度な能力の発揮を期待することは、半ば冒険かもしれません。しかし、今回の企画が、(1) プログラムの遂行、(2) 集団管理、(3) 生活実践という、少なくとも「責任」という能力の必要な機能が不可欠であるキャンプであることは、この能力の発現のためには、絶好の機会であると考えました。

 しかし、私たち指導員が、彼らの能力以上のことを期待し、いざ、実施の時につまずいて、彼らが多くの子どもたちから非難を受けるということは、絶対に避けなければなりません。このような状態に至る前に、何らかの形で、軌道修正の触手を加えなければならないことは、私たち指導員が、子どもたちのみならず、子どもたちの親、社会に対する、指導員に存する責任であることは議論を要しません。

 私たち指導員は、これを指導の前提として、指導を、ただその場限りの指導に終えないためにも、これを念頭に置くこととします。


<参考資料>

第3回風の子キャンプ実施要項(参加者父兄用)

 私たち、少年少女組織指導員サークルは、少年少女クラブ「風の子」の運営委員会とともに、8月の最終土・日に、キャンプを企画しました。現在、「風の子」運営委員会は、自分たちだけの力で、キャンプの計画の立案に四苦八苦しています。立案、準備は、先の予定と比べて、かなり遅れていますが、指導員の助けを借りて、何とか実施できる運びとなりました。子どもたち間の連絡は、「風の子」運営委員会を通じて、自主的に行なっていますが、現在までに確定した要項については、要請をかねて、指導員サークルから、キャンプ参加者のご父兄にお知らせします。

  風の子キャンプ実施要項細目(確定分)
 実施日 昭和52年8月27日(土)〜28日(日)
 場 所 ○○キャンプ場(管理者:○○物産○○方、TEL…)
 持ち物 毛布(または寝袋)、洗面具、タオル、軍手、雨具、新聞紙、米2合、水筒、27日分昼食、プログラムに必要な用具(運営委員会から直接連絡します。) 服装は、帽子を必ずかぶせて、活動しやすいものがよいですが、運営委員会から指定されるものもあります。なお、家に飯盒があれば、貸していただけると、たいへん助かります。
 集合・解散 場所:○○保育園を予定 集合は27日午前8時、解散は28日午後5時ごろ

 先に、「風の子」運営委員会から手渡された申込書には、子どもの参加費が明確に記入されていなかったのですが、現地の関係者との交渉の結果、次の予算で行なっていく自信がつきました。なお、これでも、子どもたちが作るプログラムによって、交通費等に多少の違いが出てくるかもしれませんが、一応、子ども一人あたりの参加費を900円とします。(内訳:交通費200円(ただし子ども運賃)、食費500円、プログラム費100円、維持費・予備費100円) なお、参加者の持ち物として、毛布が記入してありますが、家で野外用の毛布が用意できない方は、毛布一枚200円の実費で、現地で借りることができます。
 食事の献立等は、別の形で発表させていただきます。
 心配なのは、天気ですが、天気予報等を見て、子どもたちのプログラムができないと判断できる場合は、指導員サークルから、キャンプの班長を通して、中止を連絡します。

 「風の子」キャンプ、父兄参加の要請

 私たちによる「風の子」キャンプは、今年で、3回目になるわけですが、今回のキャンプにおいては、次の2つの点から、ご父兄の参加も歓迎します。
 その第1点目として、私たちの活動は、子どもたちの校外活動を創造していくという意味から、あくまでも、教育の観点から、活動を進めています。その活動の一つの集約点として、このキャンプの企画ができあがりました。私たちが欲するに、この活動の主体となる子どもたちの活動に対して、お父さま方、お母さま方による評価をしていただきたいのです。その場で見たお母さま方の感想、意見等を、子どもに直接、また私たち指導員に言っていただければ、子どもたちには励みになると思いますし、指導員としても、これからの指導方法を作り出していく上での、大きなプラスになると信じています。
 第2点目として、私たち、指導に当たる集団として、企画の実施中、子どもたちの周りには、絶えずその全員がいなくてはならないことは当然なことなのですが、私たちの職業等の関係で、2日目はともかく、第1日目に、指導員の全員を確保することは困難です。そのような条件の中で、お母さま方の奉仕がいただけたら、たいへん助かるのです。たとえば、集合地から駅までの引率、キャンプ場での火の始末についての監視、等の仕事をお願いしたいと思っています。
 もし、ご父兄に参加の希望がある場合は、指導員サークル会員、FUNAHASHI(TEL…)まで、申し込んでください。当日、直接参加でも構いません。ただ、持ち物として、子どもの持ち物に準ずるものとして、毛布や、洗面具、米等を持ってきてください。食事は、子どもたちと一緒に食べていただきます。テントは、父兄用に確保してあります。当日の交通費、食費、また必要な場合の毛布代等は、実費清算の形で納めていただきますが、参加費としては徴収しません。

 指導員サークルの新体制が発足してから、まだ4カ月足らずで、また、それまで不明確であった「風の子」会員の再確認の仕事も、私たちの指導のもと、「風の子」運営委員会の手で、やっとこのごろ軌道にのってきたところです。なにぶん、前の体制からの引き継ぎが十分うまく行なわれていない状況にあるだけに、「風の子」会員や、そのご父兄に、迷惑をかけていることも否定できません。この点、おわびします。
 私たちの活動は、子どもたちの健全なる成長、発達を目標としている点で、お父さま方、お母さま方の意識と一致すると思います。この活動の更なる発展のため、今後とも、私たちに対して、意見を投げかけられるとともに、支援と協力をお願いします。

  昭和52年8月

              少年少女組織指導員サークル(文責:FUNAHASHI



 少年少女クラブ「風の子」と指導員サークルのその後についてですが、その後の、いわゆる「地域子供会」の充実に押されて、少年少女クラブは解消し、それとともに指導員サークルも解散しました。この時、議長をつとめてくれたNくんは、その後、Nくんのお父さんとで、地域で、マラソンクラブを主宰し、今日においても活動を続けています。時々、新聞にこれについての記事が載ることがあり、頑張っているんだな、と感嘆したりしています。



 [ 1997. 1.15 登載] 
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