昭和二六年度

  社会保障制度推進に関する申入書

             昭和二十六年七月二十四日
             社会保障制度審議会会長発
             厚生大臣宛

 本審議会は昨年十月社会保障制度に関する勧告を行った
が、爾来政府においては閣僚懇談会を設け社会保障制度の
整備に関する根木方針を検討中と聞くも、今日までその方
針が明らかにされないことは甚だ遺憾に堪えない。しかし
来る二十七年度予算においては勧告の趣旨を尊重し、社会
保障制度の整備確立のため必要な予算が計上されることを
期待し確信するものである。もとより、その後における客
観情勢の推移は考慮されねばならないが、社会保障制度推
進の必要性は依然として変らず、ことに自立後の民主日本
の基盤としてこれが要請は却って増大せんとしている。
 かかる諸般の情勢に鑑み、本審議会は社会保障制度の推
進を念願してやまないものであるが、最近における行政機
構改革の報道その他二十七年度予算編成等に関し、とくに、
左の諸点の実現を要請するものである。
一、社会保障に関する行政の所管を一元化すること
  戦後の複雑化した機構を簡素化し、行政費の節減と運
 営能率の向上をはかることは、社会保障の見地において
 も賛成であるが、これがためには機械的な統合整理を避
 け近代的な民主国家の観念に立脚して整備すべきである。
 社会保障制度の整備と所管社会保障行政の一元化は世界
 的な傾向であるが、わが国の社会保障制度の所管は各省
 に跨り、これがために統一的な社会保障制度への推進を
 阻むのみならず、各制度間の不均衡と事務の重複や関係
 者の不便を招き、また行政費の無駄を生じている。従っ
 て、今般の行政機構の改革に当っては社会保障に関する
 行政を単一責任大臣の所管の下に統一し、各制度間に有
 する不均衡と事務の複雑化を是正し、統一的な社会保障
 制度への発展に即応せしむべきである。
二、医療保険制度に対する国庫負担を行うこと
  現有社会保障制度の根本的改善については勧告の中に
 指摘しているところであるが、とくに、健康保険等の医
 療保険制度の整備改善は国民医療の実情に鑑み、社会保
 障制度確立上最も緊急を要するものと考えられる。しか
 るにこれらの制度の現況は財政的に極めて憂慮すべき事
 情にある。社会保障に関する国の責任並に医療の本質に
 鑑み、この際医療給付費に対して、国は相当の負担を行
 うべきである。
三、戦争犠牲者に対する保護制度は社会保障的見地を十分
 考慮すること
  戦争に因る軍人、軍属等の遺家族、身体障害者等に対
 する保護制度の拡充については、社会保障制度の見地を
 十分考慮してその推進をはかるべきである。






  社会保障制度推進に関する件
 
             昭和二十六年十月二十日
             社会保障制度審議会会長発
             内閣総理大臣宛

 本審議会は、客年十月社会保障制度に関する勧告を行っ
たが、その後の諸般の情勢に鑑み、さらには、さきに調印
された講和条約の前文において、国際連合憲章の原則を遵
守し国民生活の安定と福祉を創造するために努力すべし、
との規定が設けられた趣旨をも考慮し、いま一段と社会保
障制度の推進をはかるの要ありと認め、社会保障制度審議
会設置法第二条第一項の規定により、別紙の通り勧告する。

 社会保障制度推進に関する勧告

 独立日本の目標は、自立経済の確立と健全なる社会の育
成にある。産業を発展せしめるとともに、国民一人一人の
最低生活が確保されることはその基本的条件である。その
ためには、何よりまず国民生活の合理化と安定化が必要で
ある。社会保障制度の推進はまさにかかる国民の要望に応
えんとするものである。
 すでにわれわれは、各種社会保険や社会事業を通じて何
らかの社会保障制度をもっている。しかし、これら各種の
制度は現在バラバラに形造られ、しかも、各省、各局の思
い思いの方針によってほとんど横の連絡なしに行われ、何
等の一貫せる理念をもたない。かくては、これを掌る人員
や経費において多くの無駄があるのみならずこのままの発
展では真の社会保障制度の完成は期待できない。いまここ
に社会保障制度の推進をはからんとするにあたり、第一に
留意すべきはこの点である。
 また、構和後の容易ならざる経済的社会的諸条件を克服
し、新しい民主的日本を建設するためには、この際国民生
活に一大革新と反省がなされなければならない。
 すなわち、衣食住に関して最も合理的な生活方式を樹立
することが必要である。かかる生活方式の樹立は全科学界
が努力を傾注して日本の実情に即した生活の科学的研究を
推進することによってのみ可能である。さらに、その研究
の成果が正しく行政化されるのでなければ生活の改善は実
現され得ない。
 そのためにいわば民主的な生活管理を場合によっては考
慮する必要があろう。講和後における社会保障制度の基調
はここに求められるべきであって、このことによってのみ、
戦後の急迫せる生活の破綻から国民は救われ、常に進歩す
る世界の文化を国民生活に注入することも可能となる。
 本審議会は、客年十月社会保障制度に関する勧告におい
て社会保障制度の具体案を示した。その急速なる実現は、
もとよりこれを要望してやまないが、さらに上述の見地に
基き、社会保障制度の推進策として次の如き方途を実施す
るよう重ねて勧告する次第である。
一、社会保障行政の一元化
  社会保障制度をその運営において無駄のないよう最も
 有効適切に実現するためには、社会保障行政は統一化す
 る必要がある。しかしていま直ちに全面的な一元化が困
 難としても、少くともこれに向って一歩をすすめるため、
 その行政機構を合理化し、事務の能率化と国民の利便に
 重点をおいて改革を行うべきである。
  たとえば、衣食住を中心とする生活の合理化を根幹と
 し、これに応じて機構を整備する。また、兼任や事務委
 託等の方法により各種社会保険の窓口を一本化する。各
 省に設けられている社会保障関係審議会の運営の一元化
 をはかるため差当りこれが連絡調整の方途を講ずる等の
 ことが考えられる。
二、医療保険の推進
  社会保障制度の綜合的完成を目標として統一的企画を
 建て、年次計画による予算の編成を行うべきことはいう
 までもない。社会保障制度の確立のためには年金保険そ
 の他の面においても解決をせまられている問題は少くな
 い。しかし、昭和二十七年度においては、医療保障こと
 に国民健康保険に重点をおいて予算を編成すべきである。
  現在、医療に関する保険制度は財政的に重大な危機に
 当面している。とくに、国民健康保険制度は正に崩壊の
 一歩手前にある。医療の困難が国民の生活に及ぼす影響
 の重大性に鑑み、この際思い切った施策が必要である。
 すなわち、国民健康保険制度を年次計画により強制的に
 設立せしめるべきである。
  また、これを財政的に裏づけるためには、単に事務費
 の全額のみではなく、給付費についても医療費の二割は
 是非ともこれを国庫が負担すべきである。
  たとえば、一部の者の教育にあたる国立大学に対して
 も国庫が尨大な費用を負担しているのであるから、より
 社会的責任を強調すべき疾病傷害に対して、国庫がこの
 程度の負担を拒むべき理由はどこにもない。また、経営
 困難に陥っている国民健康保険に対しては必要な資金を
 融通する等の途を講ずることによりその再建整備をはか
 らねばならない。
  健康保険についても、もちろん事務費の全額及び医療
 に関する給付費の二割は前項と同様の趣旨において国庫
 が負担すべきである。国民の所得が先進国に比較して著
 しく貧困な日本において、医学の進歩に対応するが如き
 給付を行うには、この程度の負担を国家が行うことはむ
 しろ当然である。
  医療保険においては、被用者と一般国民とを問わず生
 命尊重の本義に徹し、医学医術の高度の活用とその普辺
 化をはからねばならぬ。
  ことに生産は人類の福祉のため基本的な要素であるか
 ら、医療保険における疾病には純粋医学的立場のほかに
 社会医学的理念を加えなければならない。現在の健康保
 険制度及び国民健康保険制度は、かかる新たなる観点か
 ら批判せられ改革せらるべきである。
  地方行政機構の改革たあたっては、第一次勧告にある
 如く、政府管掌健康保険の地方移譲の実現に関して政府
 の注意を喚起したい。
三、医療制度の合理化
  国民の医療保障は、各種の医療保険、結核対策及び生
 活保護法の医療扶助によって行われているが、これらは
 社会保険制度を中心に再編成せられるべきである。
  たとえば、結核予防法における公費負担の制度は社会
 保険と別個の体系を構成しているが、これは健康保険及
 び国民健康保険を整備して保険制度を中心に配慮すべき
 である。医療保険においては医療内容の検討と事務の簡
 素化が必要である。とくに、その医療の内容については、
 第一次勧告にある如く各科別学会の連合体による全医学
 的見地から日本の実情に対応してこれを決定すべきであ
 るとともに、診療報酬支払方法の改善をはかるべきであ
 る。
  医療保険の財政的危機を招いた原因の一つは、薬品の
 価格が国民の負担力に比して割高なことである。故に薬
 品の規格及び品質を国際的水準に一致せしめる一方製薬
 事業の公共性を高めるが如き措置をとり薬価の低下をは
 かるべきである。現在の輸入薬品の価格については厳重
 なる検討が必要である。また、その使用を国が強制する
 ところの薬剤については、それにふさわしい適当なる方
 途を考慮すべきである。
  医療機関の整備は公私の別なく、各種社会保険及び農
 業協同組合その他のものを含めて綜合的計画の下に行わ
 れねばならぬ。
四、保健所機構の改正
  公衆衛生に関する指導や管理は国民生活に即して民主
 的に、かつ、組織的に行われねばならぬ。保健所の運営
 についてはこの際適当な改善が必要である。そのために
 は、各地区に医師、歯科医師、薬剤師、教員、助産婦、
 保健婦及び有識者等よりなる地区公衆衛生組織を設け、
 その地区における生活指導を行わしめる必要がある。
  もちろん、国民健康保険との有機的連繋をとり各地区
 の特色に応じた衛生活動を展開せしむべきである。また、
 保健所は画一的整備を避け内容の充実と研究の助成に留
 意すべきである。これがためには医師、歯科医師及び薬
 剤師等の待遇を改め、人員の充実と質的向上をはからね
 ばならぬ。さらに医療機関の存在する地域においては、
 保健所は速かに本来の公衆衛生活動のみに専心せしめる
 ようその組織を改める必要がある。
五、結核対策の改善
  結核については、患者総数の八〇%を占める在宅患者
 に対する施策を強化し適切なる予防措置を講ずるととも
 にその生活指導を充実せしめる必要がある。これには地
 区公衆衛生組織の活動が期待される。
  結核行政については、その統一化がはかられねばなら
 ない。たとえば現在結核行政は各省、各局に亘って統一
 を欠いている。これは早急に改めらるべきである。
  結核の予防及び医療に従事する者の再教育は各地の医
 科大学、公衆衛生あるいは結核研究の機関を動員してこ
 れを行わしめ、中央のほか地方においてもその実情に即
 応した教育を徹底せしむべきである。
  予防接種法及び結核予防法による予防接種は慎重を期
 さねばならない。
六、年金保険積立金運用の是正
  厚生年金保険の積立金はすでに約三百億円に達してお
 り、なお遂次増大しつつある。この積立金はいうまでも
 なく労資の醵出にかかるものであるが、その資金が大蔵
 省予金部に預入されてその運用についてこれを醵出した
 ものの意思が完全に無視されている。この点を是正し、
 これを被保険者の福祉のため優先的に還元利用せしめる
 必要がある。また、社会保険に関連する諸施設の拡充そ
 の他のためにこれを有効に利用せしめ得るが如き途を拓
 くべきである。
  なお、年金保険制度は第一次勧告の趣旨にそい速かに
 これを改善すべきである。しかし、これには相当の準備
 を必要とするから直ちに調査研究に着手すべきである。
七、社会福祉の充実
  社会福祉事業の円満なる発展を期し、また、生活保護
 法による扶助の適正をはかるためには、福祉事務所の機
 構を整備し、その画一的形式化を避けるとともに内容の
 充実をはからなければならない。しかして、その運営に
 ついては、民主的なサービス機関としてその機能を十分
 発揮せしめるよう関係町村との緊密なる連繋と民生委員
 等関係者の協力が得られるように配慮すべきである。以
 上の施策には財政的裏づけを考慮する必要がある。
八、人口対策への考慮
  社会保障の基調を生活の合理化に求める以上、人口問
 題もまた社会保障制度の確立に関連して重要な課題とな
 らざるを得ない。政府はかかる見地からも人口問題につ
 き研究し、その対策を速かに確立すべきである。
九、戦争犠牲者の援護
  戦争による遺家族、傷病者等の援護の問題は終戦以来
 の懸案であるが、講和とともに一層その解決を要望する
 声が強くなって来た。本審議会は問題の重要性に鑑み、
 特別の小委員会を設けてこの問題についての検討を試み
 つつあるが、政府は社会保障の見地からこれらの者に対
 して何らかの生活保障の措置を講ずべきである。
  政府は講和後における国民生活の安定をはかるため、
 以上列挙したところの諸施策を昭和二十七年度において
 断行すべきである。さらに進んでは第一次勧告の実施を
 目標に年次計画を以て社会保障制度の樹立をはかるため
 の企画立案に着手すべきである。国民はこの事を望んで
 やまない。


《「社会保障制度に関する勧告および答申集」(昭和三五年三月 社会保障制度審議会)から引用》 
 一九九九・二・一一 登載
〔横書版〕  【参考資料集】

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