ひとりごとのつまったかみぶくろ


男女共同参画社会を目指して



 はじめに
 ある場で、男女共同参画社会推進に関する発言を求められました。この機会に、私なりの考えをまとめてみました。
 そもそも男女共同参画社会推進とは何か。端的に言えば、「男性優位」「男は仕事、女は家庭」という風潮の解消を目指す取り組みと捉えています。この観点から、私の生活体験を踏まえて、考えを述べることにします。

 私の職業生活
 昭和30年生まれの私は、戦後の「男女の平等と機会均等を基調とする」教育の中で、それなりの進路を歩み、大学も出してもらい、何とか希望する仕事にも就くことができました。大人になったら就職し、いわゆるサラリーマンとして生きていくというのが当時の普通の考えでした(と思い込んでいました)ので、私は学卒後について就職以外の選択肢を考えたことはありませんでした。自分が男だからというのではなく、仮に自分が女だったとしても、きっと同じ考えであったと思います。
 私は保健福祉の分野の職場が主であったこともあり、従事したどの職場でも、男女が同じ立場でそれぞれ責任を持って仕事をし、そこに男女の優劣ということを感じたことはありませんでした。どちらかというと、女性の方が力を持っている世界であり、私の上司が女性だったというのが全職場経験の半分以上に及びます。部屋の中には男性は私一人だけという時期もけっこうありました。
 ですから、私の職業生活の経験に限っていえば、男性優位とか、女は家庭という思いをもたげることなく、過ごしてきたといえます。

 結婚
 私は、次男坊でしたので、結婚してからは、親世帯から独立し、まずはアパートで所帯を持つことになりました。いわゆる核家族世帯として出発したわけです。夫婦ともにフルタイムの勤労者で、妻も職場では男女隔たりなく同じ仕事をする職場で、残業も同等にする必要があるはずです。

 子育て
 夫婦の間に、子どもができました。五年を隔てて二人の子どもが授かりました。子どもができてから、戦争が始まりました。
 妻の育児休業終了に合わせて、子どもを保育園に通わせなければなりません。まだ長時間保育の黎明期であり、保育園を探すことが難仕事でした。一歳児受け入れ可で長時間保育をうたっている公立保育園でしたが、年度替わりから入園できますの通知でした。子どもが一歳になったその日から仕事に戻らなければならないのに、と困りました。交渉の末、年度途中の入園を認めてもらいました。(当時はまだ「育児・介護休業法」制定以前で、時短という制度はなく、産前産後休業の後は、児が一歳になるまでの育児休業(無給付)があっただけでした。)
 保育園の利用は最長で午前七時半から午後六時半までです。その間に子どもの送迎をしなければなりません。しかし私の職場までの通勤は電車とバスを利用して一時間以上を要し、私が送迎にタッチすることができません。結局、子どもの保育所の送り迎えを、利用期間の全期間、妻一人に押し付けてしまいました。とても済まなく思っています。妻は、当時は市内の勤務地に自動車通勤をしていたのでなんとか乗り切れました。もしその間に市外の勤務地への転勤の命が下るようなことがあったならば、アウトでした。
 子どもが小学校入学になりました。さて、親が帰宅するまでの間、どう過ごさせるか、が問題になりました。学童保育はありません。親が帰宅するまで我が子は一人でお留守番、いわゆる鍵っ子にするしかなかったわけです。工夫として、塾やスポーツ教室等に複数通わせ、時間を有効利用しました。
 実は、市の施策として、児童クラブ(放課後児童健全育成事業)が市内に数か所、ちょうど第一子が小学校入学の年に開設されました。しかし我が子が通う小学校区にはそれがなく、利用できませんでした。それから十年ほどをかけ、それが全小学校区に整備され、対象年齢も、最初は小学低学年だけだったのが、全学年に拡充されたのですが、とうとう我が子は二人ともそれを利用できないまま、小学校を卒業しました。
 私として手をこまねいていたわけではなく、PTAに働きかけて、児童クラブの開設を訴えました。PTAで、アンケート調査を行ってくださることになりました。その結果、児童クラブを利用したいと回答した者は、3名…。訴えは却下されました。
 我が家のような事情の家庭は、まだまだ少数派なのだ、と思い知らされました。

 子どもの夕食は誰が作るの
 子どもの夕食をめぐるやりくりが大変でした。フルタイム就労の両親が帰宅する時はもうすっかり夜中です。妻は夕食作りに支障ないようにできる限りの職場の配慮を受け、残業もほどほどにしてよくやってくれました。それでも会議等でぬけられない残業の日はあります。そんな日は、夫の私が早めに帰宅し、夕食の準備をすることになります。それなのに職場は残業を求めてくる。これを妻に伝えると、「じゃ子どもの夕食は誰が作るの」と口論に。そのような繰り返しが我が世帯の日々でした。
 このような世帯はきっと日本中にあると思います。その人々はどのようにしてこの事態を乗り越えているのか知りたいと思っています。

 祖父母による支援
 読者は、おじいちゃんやおばあちゃんは協力してくれないのか、と疑問に思われたかもしれません。
 もちろん、協力を求めました。私の両親の居宅も妻の両親の居宅も市内にありましたので、子どもが一人で家にいるときに、おばあちゃんに家に来てもらったり、また、学校から帰る時、別の地区の通学団に入れてもらい、妻の実家に帰り、親の帰りを待つということもしました。
 この件について、我が子の場合はもっと深刻です。私の子どもの二人は既に成人し、共に独立し、遠方で生活をしています。その子らに子が生まれれば、私たち夫婦が経験した同じ問題をきっと抱えることになることでしょう。私たち夫婦には、近くに親が住んでいたから、ある程度の協力を得ることができました。しかし子どもの場合は、たとえもし子がSOSを発したとしても、助けに行ってあげることができないのです。
 私は次男でしたから、実家を出て、アパート生活、つまり核家族世帯とならざるを得ませんでした。しかしこれからの時代、たとえ長男であっても親世帯を離れ、それぞれが独立して世帯を持つ、つまり核家族を自ら選択するというのが普通になっていくものと思われます。
 今日では65歳までの就労が通常の就労形態となり、祖父母も勤労者であるためその支援を受けることが困難という状況も生まれつつあります。(これのために長男夫婦は実家を離れ勤務地近くに住居を移さざるを得なかったという事情もあります。)

 子ども食堂
 「子ども食堂」という取り組みが最近脚光を浴びています。我が子が小学生であった時代に、このような取り組みがあれば、子どもをそこに行かせ、両親がともに安心して残業ができたのではないかと思えます。
 もちろん「残業がない職場の実現」という志向の方が重要と思います。しかしそれがすぐには実現困難な現実の中では、それを補完する策として、「子ども食堂」がとても有効と思うという意味です。

 三拍子
 @核家族、A夫婦フルタイムの共働き、B祖父母による支援が困難、この三拍子が揃えば、きっと我が家が経験したような困難が訪れることは確実と思われます。そのために、行政は、a乳児からの長時間保育の整備、b学童保育等の学校終了後の子どもの生活の場の整備、c子ども食堂等の家族不在時の子どもの居場所の整備、等が不可欠の施策と思われます。

 現実は
 しかし、最近市が行った子どもの生活状況に関する住民対象のアンケート調査の結果を見ると、私はとても深刻と思っていることが、思っているほどにはなっていないというものでした。子どもが平日家族と一緒に夕食を食べていないという世帯は、子がいる世帯全体の1/10程度というのです。
 つまり、我が家のような三拍子が揃った世帯はまだ少数派ということのようです。「男は仕事、女は家庭」という生活や風潮がまだ一般的である中で、夕食時に両親ともにいない世帯はまだ多くないと読みました。
 これは何故か。
 これは私の仮説です。核家族の中で夫婦がともにフルタイムの仕事に就くと、当然ながら子育てや家庭の経営についての困難が予測されてしまう。よって、祖父母同居等の条件がない限り、夫婦がともにフルタイム就労を選ぶことは賢明なことではない。そのため結婚当初から夫婦の一方がフルタイム就労することを避けるか、子どもの誕生を契機にどちらかが仕事を辞めることを選択することになる。これに日本の伝統や、女性の育児に関する機能性等から、結局女性が職業から離れ、「男は仕事、女は家庭」に帰結し、この文化を後押しすることになる。

 男女共同参画社会推進の要
 まわりくどい展開をしました。このことはつまり、先に挙げたabc等の施策があれば、まわりまわって、核家族の夫婦の子育てにまつわる問題や心配事を解消し、それぞれの希望どおり、思いどおりの就労を保障することになり、女性の離職を防ぎ、男女ともに持つ能力を存分に発揮する社会を構築することになるのではないでしょうか。
 男女共同参画社会は、単なる意識改革運動よって成るものではなく、また女性登用推進等の女性優遇施策によってでもなく、女性の誰もが、子どもを育てながらでも希望どおりに就労できる環境を整備する政策によって実現するのではないかというのが、私の主張です。

 補足
 私が職場で出会った女性は、多くが活き活きとし、自らの能力を存分に発揮していると感じました。しかしながら(セクハラととられないように慎重に言葉を選ばなければなりませんが)、結婚せず、独身を通している女性がけっこうおられました。この独身を通すという選択について、もし結婚が、または子育てが、自分の力の発揮を阻害するからという思いが理由であったとしたら、悲しいことと思います。
 更に、社会で活躍する女性は、結婚しない、子どもを産まない(産めない)という風潮や考えが蔓延すれば、これは国内の出生率を低下させる要因となり、日本の将来を考えるうえで極めてまずい状況ともいえるわけです。
 女性が、家庭を持ちながらでも、子育てをしながらでも、自分を存分に発揮できる、それを可能にする社会を目指すことが肝要と思います。(2018.12.28)



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