ひとりごとのつまったかみぶくろ
 次の文章は、団委員研修所課題研修のために記したものを基に再構成したものです。




ボーイスカウト運動についての諸考察
団委員受任にあたり




 私がスカウトであった時、一緒に活動した人達は、今どうしているでしょうか。ボーイスカウトのことなんかもうすっかり忘れてしまったのでしょうか。私の指導を受けたスカウトは、今はどうしているでしょうか。その人達の心に何かを残すことはできたのでしょうか。その人達は、実は学校のクラスメイトよりも長い期間の係わりがあった旧友なんですよね。

 私は今年(2014年)の春、退職となり、生活の上で時間的余裕が生まれました。この条件的有利をもとに、団委員を務めることにしました。この立場において、展開してみたいいくつかのアイデアがあります。これらが生涯をかけての取り組みになればと思っております。

 創始者 B-P は、その生涯をかけて、何故ボーイスカウトを始めたのでしょうか。ボーイスカウトは教育運動です。公民育成においての学校教育がもつ弱点を埋め、狭い視野が生む人格形成に及ぼす悪影響から救うために登場しました(「スカウティング フォア ボーイズ」中村知訳版49,498頁)。ボーイスカウト活動は、それの実現に向けての手段です。私たちはこの崇高な理念を持つ運動の展開のお手伝いをするために参加しました。初心忘るなかれ。




 ボーイスカウト活動の中での団委員会の最大の役割は、隊の指導者が指導やプログラム展開に専念し、やり易くなるよう、また指導者の持ち味を充分に発揮できるように支援、条件整備することであると捉えています。裏方、黒子、または縁の下の力持ちというところでしょうか。

 スカウトをやってて楽しい、指導者をやってて楽しい、団委員をやってて楽しい、そんな集団を目指したいですね。それらの人々が相互に気楽に相談できる、そして褒め合える雰囲気を醸し出したい。失敗を責めるなかれ。他者の失敗であっても、自分も当事者であるという意識のもと、自分が身代わりになってでもその人を護ってあげる。そんな存在になりたいですね。




 ボーイスカウトは、保護者の信託を得た上で、その大切な子弟とその大切な時間を預かって行う活動です。このことの重みを認識した上で、団として気を配るべきことはたくさんあると思います。その中で、団の構成員の皆が、日々絶えず意識すべきことは次の三点と考えます。

 @ ボーイスカウトは、青少年に対する、社会教育のひとつと捉えることができますが、制服をはじめ、野外での多彩な活動、そこで使う専門的な諸資材をいくつも必要とする事情があり、多額の経費を要する活動です。その負担をスカウトの保護者の方々に求めている実情があります。その適正運用に気を配るとともに、負担軽減の検討を絶えず続ける必要があります。

 A スカウトの保護者の方々は、ボーイスカウトに何を託して、子弟を私たちに預けているのでしょうか。私たちには、保護者の方々の期待と信託に対して誠実に応えなければならない義務があるはずです。もしも私たちと保護者の方々と意識や期待のずれがあると、不信と離反を招いてしまいます。私たちは、保護者の方々にボーイスカウトのことについて伝える努力に併せて、保護者の方々の希望や意見を聴く努力を怠ってはなりません。

 B 活動中の負傷や事故の防止のための最大限の配慮が必要です。安全に対する心構えや体制づくり、工夫の努力は怠ってはなりません。万が一そのようなことが起こってしまったならば、渾身の誠意を尽くすべきです。日本連盟が「そなえよつねに共済(保険)」を設けてくれたことはとても有意義なことと評価します。かつて、入隊願書に、「私たちは、…活動中における傷害等については、法律的な一切の権利を主張いたし[ません]。」と両親に記入させる承諾書面がありましたが、これには違和感を覚えたものでした。




 私がかつてボーイ隊の指導者に従事していた頃に出版された「ボーイスカウト指導者の手引き」(S49.3.1発行)や「ボーイスカウト隊長ハンドブック」(S51.10.10初版発行)には、隊長は、豊かな生活を営み、少年たちの模範となり、リーダーシップを発揮できる人を期待されておりました。B-P は、諸著書の中で、隊長を Scoutmaster として、他の指導者 Scouter とは区別して捉えていました。私は、隊の顔即ち隊長の顔というイメージで捉えていました。

 現行の「ボーイスカウト隊リーダーハンドブック」においては、それに関する言及は消え、隊の指導者集団のチームによる運営が強調されています。これも時代の変化による要請かと思います。

 指導者の多くは職業や家庭を持つ社会人であり、ボーイスカウト活動との両立については、これもまた多くの指導者が悩んでいることと思います。活動のために仕事や家庭が犠牲になるということは本来あってはならず、これに陥らないためにも、チーム対応は必要な処置であったと思います。負担が少数の指導者に偏らないように、上手に任務分担、責任の明確化をしていくことが求められます。




 ボーイスカウト教育の中心メソドは、「進歩制度」Badge System と「班制」Patrol System と捉えられています。

 「班制」が現実の活動の中で日本連盟の規定どおりに運用されている団は、はたしていくつあるでしょうか。毎日顔を合わせる職場のような環境では、班制の手法はとても有効と思います。しかし、月に数回顔を合わせる程度の日常のボーイスカウト活動の中で、班制の方法をそのまま適応しようとすると、どうしても無理が生じ、かえって弊害を生む要素になってしまいます。

 私は、ボーイ隊を、班長教育を展開する場と規定し、上級班長の設置、班長会議の頻回開催を実施し、班独自の個別活動は意識的に制限させていました。班制における班長の役割と責務は、中学生段階の少年の今日的な力量から見て、負担がとても大きいということを理解しなければなりません。班長育成のシステムと、班長をバックアップする大人集団の支援体制の確立がない限り、安易に適用すべきではないと思っています。班長に「自分たちが計画した活動がうまくできて楽しかった。班長をやって良かった。」と言わせる演出が大切です。結果に対しての称賛は不可欠です。成人指導者が班長に直接「すごいね。」と伝えることが大切です。

 中学生という時期は、中学校に通っている身であり、定期試験、クラブ活動、進学という大きな課題を背負っている時期です。スカウトの皆がそれらとの両立に苦慮していると言っても過言ではないでしょう。その両立の困難や重圧のために多くのスカウトがやめてしまうという事態を痛いほど見てきました。このことに対する配慮と工夫は不可欠です。

 ボーイスカウトの理念と方法は、私にとっても、とても魅力的です。しかし現実を直視し、それに応じた運用をしないと、絵に描いた餅になってしまうことでしょう。ここ30年来続く加盟員の減少は、そのようなところにも一因があるのではないかと思います。

 私たちは、ひとさまの大切な子弟の大切な時間の一部を預かっているのです。その人たちのニーズをとらえ、期待に応え、安全の中で活動を維持する体制と、何かことがあれば全身全霊を以て対処するという責任感と覚悟をもって応じる態度が必要と思っています。




 B-P がボーイスカウト活動において成人指導者に求めていることは「スカウト達の手本たれ」です。スカウトは大人を見つめています。大人の振る舞いの如何によって、スカウトは、スカウト活動に興味を持ち、大人の存在を認め、信じ、頼り、真似をして、大人に対して敬意を払うようになっていきます。そして自分がそのような大人になることにあこがれをいだき、そのような大人になるように努力するようになっていくと思います。

 見守っているだけでは事は進みません。成人指導者が、プログラムを準備し、実施し、その中でどのように演じるかということがものを言うのであって、その責務を強く意識しなければなりません。スカウトに、「このリーダーすごい。」と言わせる演出が大切です。




 ボーイスカウトの目指す人格は、B-P の諸著書や、ちかいにもあるとおり、神と国とに対する Duty の醸成と、人を援ける奉仕 Service の精神の育成です。しかし、これを強要する態度で少年に接してはいけません。これを育成するプログラムが大切なのです。

 これを実現に導くものとして重視されているのが信仰です。B-P や日本連盟はスカウトに信仰を奨励していますが、各宗教宗派教団等の実状を見る限り、上手に誘導してあげないと、宗教耽溺など、逆の結果を産み出してしまいます。B-P が信仰を推奨したのは、人間の限りある自然認識の向こうにある真理を見る窓口であると信じたからです。功利的な日常生活の中にあっては、人々は自分の利益になることしか関心が持てません。でも、真理が見える人であれば → 人間として行うべきものが見える → そして皆がやらないことであっても自発的に実行できる …この筋道の認識と理解が大切です。B-P がよく用いた this world of wonders and beauty (驚異と美に満ちたこの世界)の語にも象徴されていると思いますが、日常生活から離れた大自然の中での営みをとおして、現実を超越した何かに気づいてくれることを期待したわけです。




 ボーイスカウト教育の中心は、やはり「進歩制度」でしょう。努力した人への勲章と捉えられていますが、それがすべてでしょうか。富士章を取得する人が団から出て、すごいと思うところはありますが、進級やその他の章の取得がなかなか進んでいかないスカウトが多くいることも事実です。その多くのスカウトに対する配慮や工夫は必要ないでしょうか。

 このことを口にしたら、「スカウトの自発性と本人自身の工夫にまかせるべし」の言葉が返ってきて、落胆したことがあります。しかしこれは間違った理解と私は思います。ボーイスカウトに落ちこぼれを生じさせることは果たして許されるでしょうか。

 B-P 自身、「バッジ制度の目的と価値は、“もし正当に利用すれば”怠け者や遅れた子供を引き上げ、教養ゆたかな人間となるチャンスを与えることにある。だからそういう子供に試してみなさい。」(E.K.Wade著「ベーデン・ポウエルとの27年間」:「 B-P のことば」ガールスカウト日本連盟1977年発行114頁)と述べています。スカウトの進級の推奨と促進のための手立てを工夫し、これをとおしてボーイスカウト運動の魅力をスカウトやその家族に、そして世にアピールすることが肝要と思っています。「ボーイスカウトって、すごい。」と世の人々が思ってくれるようになるまで、私たちの工夫と努力は続けなければならないと思っています。
(2014.10.5)





     @ ボーイスカウト運動についての諸考察 (2014.10.5)
     A スカウティング フォア ボーイズ に記された B-P スピリット (2015.7.22)
     B 「隊長の手引」に記された B-P スピリット (2015.8.14)
     C ローバーリング ツウ サクセス に記された B-P スピリット (2015.8.15)
     D 「パトロール システム」に記されたフィリップスのスピリット (2015.9.26)
     E 進歩制度に託された B-P スピリット (2015.10.14)
     F 信仰の奨励に託された B-P スピリット (2015.10.12)
     G 野外活動に託された B-P スピリット (2015.11.29)
     H スカウト運動に託した B-P スピリット (2016.7.14)
     I “ちかい”と“おきて”に託した B-P スピリット (2016.12.12)
     J ボーイスカウト研究 (1979.12.14)
     K ボーイスカウト実践記 (1980.4.28)
     L ボーイスカウト活動プログラムの紹介 (1998.6.20)
     M 《資料》B-Pの1926年の講演「ボーイスカウト・ガールガイド運動における宗教」
     N 《資料》1966年のチーフスカウトのアドバンスパーティーの勧告の序文
     O 《資料》ラズロ ナジ 著「REPORT ON WORLD SCOUTING」(1967) の序文


アクセスカウンター A09