ひとりごとのつまったかみぶくろ




児童虐待問題と精神科医療





 私は、現在の精神科病院PSW勤務の前は、児童相談所で児童福祉司に従事していました。その中で、児童虐待問題と精神科医療の関わりについていろいろと考えさせられる場面に接した体験を有するものであり、これを踏まえて、その概況と現時点での所感等を述べることにします。



児童虐待と精神疾患



 日常的に伝わってくる情報から、児童虐待の一定のものには精神疾患が関わっているのではないかという感触は、きっと皆さんもお持ちのことと思います。

 精神疾患が影響または起因して、児童虐待を誘発してしまう例や、児童虐待が影響して特有の精神疾患を引き起こしてしまう例がしばしば見受けられます。比較的多く目にするもの、話題に上がるものとして、次のようなものがあります。

 親が、統合失調症やうつ病、人格障害、知的障害などの精神疾患を抱えていると、それが影響して、結果として、育児放棄、不適切な子との係わり方などを引き起こしてしまうことがあります。

 子に、ADHDやアスペルガー障害などの発達障害、行為障害や知的障害などを有したため、その対応に困った親が、結果として、体罰などの不適切な対応、更には養育拒否などに至らしめてしまうことがあります。

 母子ともにある種の発達障害である場合、かなりの頻度で児童虐待が生じると、小児専門病院からの報告があります。

 虐待などの不適切な養育によって引き起こされたのではないかと疑われる、解離症状や多動性行動障害、反応性愛着障害などがあります。

 家庭内でのDVや性的虐待を体験した児童であれば、それ相応の心への影響が予測されます。

 養育者のストレスや被虐待児のトラウマにまで言及すると、ほとんどの児童虐待例に関係してしまうかもしれません。

 上記のことが問題となって、精神科医療機関にケースが紹介されることもあれば、精神科の診察の中で上記のことが認知され、虐待通告や医療の枠を越えたアクション開始の検討に進む場合もあります。



児童虐待問題に対する精神科医療の関与



 虐待通告は、国民に課せられた義務であり、医療機関での診察等の場で、児童虐待の存在を知った場合や強い疑いを感じた場合は、児童相談所等に通告しなければならないことになっております(1)

 児童相談所は、「児童福祉法」「児童虐待の防止等に関する法律」等に基づいた、地域での児童虐待問題に関わる第一線機関です。そこでは、住民等からの相談や虐待通告により、児童虐待の報を認知したら、法に基づいた各種のアクションを展開することとなっております(2)。その展開過程において、時に、精神科医療との関わりが生じてきます。例えば、ケースに対する精神科医や精神科スタッフの助言や関与、児童またはその親の精神科医療とのコーディネートと治療の維持、児童の精神科病院への入院または一時保護委託などです。


 <ケースに対する精神科医や精神科スタッフの助言や関与>

 児童相談所に、嘱託医として精神科医が指定され、コンサルテーションや相談指導等を担うところが多くなってきています(3)

 また、平成十年代に制度化された「児童虐待防止ネットワーク」の取り組みは、年を追って、全国に拡がりつつあります。これは、児童相談所や市町村等に通告された児童虐待ケースについて、市町村単位で、それに係わる役場や保健センター、保育所、学校、保健所、医療機関、警察などの関係機関担当者が定期的に集まって会議を開き、それぞれのケースについての情報交換や、関わり方の検討などを通して、地域で見守っていこうというものです。精神疾患が関係しているケースについては、精神科医療機関のスタッフが係わることがあります。


 <児童またはその親の精神科医療とのコーディネートと治療の維持>

 精神疾患が関係して児童虐待を引き起こしている場合、その疾患を持っている親または児童が、未だ精神科治療に結びついていないならば、精神科の診察に結びつける努力がなされます。当事者らがこれを拒む中で、児童福祉司とPSWとがタイアップして、説得や関係者調整に回り、診察実現のお膳立てを行ったことがありました。

 当事者が治療に結びついてしまえば、ある程度のイニシアチブが医療者側に求められます。医療機関は、治療の継続とともに、これは児童虐待ケースであるという認識のもと、特段の配慮が求められます。児童相談所や市町村、学校、保健所等との連携、家庭や地域への介入など、これらの役割の中心がPSWに求められることになると思います。

 精神疾患を持つ養育者が入院ともなれば、児童にとってはその日から欠養護状態に陥ることになります。PSWはこの可能性に目を配り、必要があれば即座に一時保護に導けるよう、児童相談所との連携を保つ必要があります。

 発達障害、行為障害、反応性愛着障害などを持つ児童には、感情や症状のコントロールのサポートや苦痛の緩和等のためによく薬物が用いられます。これに加えて、児童の生活のしにくさの軽減を目指して、SSTをはじめとする各種の療法や訓練が試みられます。加齢により状態像の変化はあるようですが、現在の医療でそれらを治癒にまで導くことは困難といわれています。究極的には、家族や学校など環境側の理解や配慮を求めることを通して「児童との上手な付き合い方や児童を受け入れる環境の構築」というプロセスを採ることになります。

 これらの疾患を持った児童は、虐待の対象になりやすいということだけではなく、多くの場合、家庭生活や社会の不適応、集団からの排斥、また、いじめの対象にもなりやすいところがあります。その影響として、神経症的な症状が現れたり、特異な行動様式を身に着けてしまうなど、いわゆる二次障害を引き起こしてしまうことがあります。二次障害の除去や軽減、また予防するためには、本人の家族のみならず、学校や地域社会を含む環境に働きかける手立てがとても重要です。


 <児童の精神科病院への入院または一時保護委託>

 児童の長期入院は、できる限り避けるべきものと思っています。不用意な入院は、児童の教育を受ける権利や、地域や家族のもとで生活したいという願いを奪ってしまうことになります。でも、発達障害などを持つ児童が地域で過ごすということも大変です。ADHDの児童が、学校の教室でじっとしていることは大きなストレスです。それを指導する先生としても大きなストレスです。本人の行動にまどわされて、ほかの生徒にとっても大きなストレスでしょう。それぞれのストレスが爆発してしまう前に、休息という名目で期間を限った入院を実施することがあります。これを利用して本人の癒しの時間にしたり、親や先生方の休息の時間とする。このような入院をレスパイト入院と呼んでいます。これによってガスが抜けたら、また地域で再出発です。

 緊急の場合、児童相談所は、親から児童を引き離し保護する権限を持っています(4)。この権限によって、毎年、多くの児童が一時保護されています。しかしその児童が精神疾患を有していたり特異な行動傾向を持っていたりすると、一時保護所や一般の保護委託施設、里親では受けることが困難で、精神科病院に一時保護委託ということもしばしば生じます。この場合、児童相談所としては児童福祉法によって親の意向にかかわらず一時保護を行うことができますが、病院としては、精神保健福祉法により、医療保護入院に導く場合、親権者の同意が不可欠であり、この両者の兼ね合いで、一時保護の実施が困難になるということがしばしば起こります。



家庭や学校・地域に対するアクションの構築に向けて



 すべてを網羅しているわけではありませんが、以上が、私が感じている、現在の児童虐待対策の運用の中での、精神科医療関与のおおよそのイメージです。これをもとに、精神科医療に関わる私たちは、更に何ができるのかというスタンスで応対することが大切と思います。

 児童相談所は、児童虐待の受理、告知、保護等を行う機能により、当事者と敵対してしまう可能性の高い機関です。修復に向けたアプローチを同じ機関で並行して行うことは一定の困難を伴います。それとは別の機関がこれを補完する役割をもつことはとても大切なことと思います。

 また、精神保健福祉の歴史が築き上げてきた私たちの考え方と、児童虐待問題に携わる児童相談所や市町村の考え方とには違いがあります。学校の対応や考え方も私たちとは違っています。私たちはこの違いの存在を認識し、それを踏まえていかに上手に連携を保って児童虐待問題に向かっていくことができるかが問われるところです。

 例えば、前節で示したレスパイト入院、それをしたがために家族や学校による児童の排斥を誘発し、結局、長期入院になってしまうという可能性があることを念頭に入れなければなりません。治療に並行して、家族や学校等の関係者を招いてのケア会議の開催など、受け入れ環境づくりのアプローチが必須となります。適応指導教室や昨今充実し始めた特別支援教育とのコーディネート、時には校長先生との折衝など、かなりのエネルギーを要するアクションを展開することになります。

 精神保健福祉的な見方をすれば、発達障害などの精神疾患を有する児童は、育てにくさ、生活のしにくさという体質を持つだけではなく、社会から排斥という虐待を受ける可能性のある人たちということもできます。とるすべもなく、地域では適応できない、家族では面倒見られないという理由のために、長期入院に陥ってしまう児童が存在するのが現実です。家に帰ることを許されず、施設でも問題を起こしてしまい、児童養護施設や児童自立支援施設と病院とを行ったり来たりの児童などを見て、やるせなさを感じることがあります。

 でも、児童虐待対策自体が徐々に変わりつつあることを認識する必要があります。少し前の児童虐待対策は、虐待の発見と、児童の保護や分離だけが強調されていた感がありますが、今日は、家族の修復を真剣に考え始めています(5)。これは精神保健福祉の歴史が培ってきたリハビリテーションやノーマライゼーションの考え方にも通じるものでしょう。

 NHKによるキャンペーンをはじめとする関係者の努力により、発達障害の問題について、全国的に人々の関心を徐々に呼び起こしつつあります。しかしながら、これのための営みやこれをサポートする制度、社会資源はまだまだ黎明のたぐいです(6)。そうであれば、精神保健福祉の現場にいる私たちも、援助への関与や援助手法を創り上げていく営みに参画していくことが重要になってくると思います。私としては、現在は情報収集と試行錯誤の繰り返しのみで、まだ成果として報告できるものはありません。現場におられる皆さんの意識醸成と努力によって援助実績を積み上げ、それを報告し合って、確固としたサービスにまで育て上げていくことが肝要と思っています。



 注

 (1) 児童虐待の防止等に関する法律第6条第1項 「児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。」
 同第3項 「刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、第一項の規定による通告をする義務の遵守を妨げるものと解釈してはならない。」

 (2) 児童虐待への対応については、「児童虐待の防止等に関する法律」をはじめ、「児童相談所運営指針」「市町村児童家庭相談援助指針」「要保護児童対策地域協議会設置・運営指針」などにより、細かく規定されています。例えば、児童相談所については、虐待通告受付時の緊急受理会議の開催、48時間以内の安全確認、定期的なフォロー、関係機関相互の情報共有の徹底、などが定められています。平成16年の児童福祉法の改正により、市町村が、児童相談の第一義的窓口になりました。

 (3) 厚生労働省が平成12年に公表した「健やか親子21」は、平成22年までにすべての児童相談所に常勤の児童精神科医の配置を目標に掲げました。その後、見直しがあり、後退した感はありますが、精神科医の嘱託等は着実に増えてきております。

 (4) 児童福祉法第33条第1項 「児童相談所長は、必要があると認めるときは、第二十六条第一項の措置をとるに至るまで、児童に一時保護を加え、又は適当な者に委託して、一時保護を加えさせることができる。」

 (5) 制度化されているものとして、児童相談所の家族再統合プログラム、情緒障害児短期治療施設などで取り組まれる家族療法事業などがあります。虐待を起こしたからと親子分離を恒久化するのではなく、家族のもとに児童を安全に返せるようアプローチするものです。

 (6) この問題に関心を持つ学校教育経験者や大学教員らが、フリースクールを開設したり、支援者育成の事業などを展開している例が知られています。これらは、発達障害を持った児童が安寧に過ごせる場づくり、そのような子の生活づくりのサポーターを育成しようとする営みです。


(2009.2.24)



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