ひとりごとのつまったかみぶくろ



ピアグループ支援ボランティア



 一昔前に比べると、障害者がグループで、ショッピングの場やレジャーの場に出てきて楽しんでおられる姿を見ることが多くなりました。

 一人だけでは心もとないので、ほかの人を誘って一緒にする。一緒にやるから、一人だけではできなかったことができた。こうして自分の世界を拡げていく機能を醸し出している人々の営みを、私たちはピアグループと呼んでいます。そのような人たちが、家に引きこもってしまっている人々を屋外に誘い、障害者の豊かな生活づくりに寄与しています。

 精神障害者と言われる人々は、生活の経験をある程度積んだ青年期以後に発病することが多いので、過去の記憶から、またプライドも手伝って、できるはずだと自信を訴えることが多いです。でも、できるはずだと思ってやり始めたが、結局はできなかった。遊ぶことすらできなくなってしまっていた。この挫折体験が、多くの障害者の心を萎縮させてしまっています。

 ピアグループでも同じです。集団の力によって、一人のときよりも数倍のパワーは出るのですが、そこにはやはり限界があります。ピアグループで取り組んで、それに失敗するということは、これもまた挫折体験として人々の心に傷を残してしまいます。そのようなピアグループの営みを理解し、それを支えるほんの少しのお手伝いができればと心がけているのが、ピアグループ支援ボランティア(セルフヘルプグループ活動支援ボランティア)です。

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 経験したことをもとに、ストーリーを創作してみました。

 Aさんは、五十代後半の男性です。学生時代はワンゲル部でならし、卒業後は大企業に入社という経歴を持つ人です。しかしながら三十歳を過ぎて発病、その後は入退院を繰り返しました。職場復帰や出直し就労に向けた様々な取り組みを試みましたが、結果的には断念、挫折体験の傷を心に残して、現在はデイケアを利用しながら日々を送っています。

 Aさんは、山登りがとても好きなのですが、発病後は途絶えました。回復してからは、Aさんと同じように山登りが好きな兄に連れ添ってもらって登ったこともありましたが、単独の登山はとてもできず、現状に甘んじていました。

 Aさんは、夜明け前に目覚めてしまうことも手伝って、早朝から家の近くを散歩することが日課となっていました。でも、一人だけの散歩では寂しいので、デイケア等で知り合った人を誘うようになっていきました。これが高じて、散歩の会と銘打って定例の行事のようになっていきました。Aさんは自分で案内状を作成して呼びかけるようになりました。一月に一回程度の頻度で会を重ね、既に30回ほどになっています。街角をぶらぶら歩くという程度のものですが、意気が合えばその後喫茶店で反省会ならぬおしゃべりを楽しむというスタイルが定着していきました。これの継続が、家から一歩出なかった人を引き出すことにもなり、家族会からも賞賛される存在になっていきました。

 このような実績と、Aさんの山登りをしたいという声に押され、家族会と作業所職員を巻き込み、日帰りの登山イベントが計画されました。当事者は七人、家族会などからは八人の参加でした。隣の県にある高さ約1,200mの山に登りました。

 これに気をよくしたAさんは、今度は自分たちだけで登山をしたいと思うようになりました。半年後、意気に乗じて、案内状を作り上げました。みんなに呼びかけました。前回の登山に参加した当事者たちが応じてくれました。

 四月末のある日、それは実施されました。当日参加した当事者は五人。うち前回の登山の参加者は四人。三十代から五十代の人々で、女性は一人。これの付き添いとして、定年退職を迎えたAさんの兄とその知人、それに私がついていきました。万が一のことを考え、ビバークできる装備も持っていきました。

 案内状には記してあったのですが、弁当を持ってこなかった人、雨具を持ってこなかった人がおられました。ひやひやしたところもありましたが、臨機応変に対処しました。電車の切符は各自で買いました。総勢八人。高さ約1,000mの山に日帰り登山です。

 Aさんのお兄さんを先頭に、通常の 1.5倍時間をかけた、ゆっくりペースで登っていきました。頂上に近づくと、残雪が見え、福寿草の花にもめぐり会えました。何の問題もなく登りきってしまいました。

 下山は、思った以上のハイペースになりました。油断がありました。唯一の参加女性でしたが、ペースが速すぎて苦しいということを回りの人に訴えませんでした。ふもと間近のところで膝の力が抜けてしまい、歩けなくなってしまいました。布でたすきをこしらえ、付き添いの私ともう一人で女性の脇を両側からかかえ、何とか無事に下山させることができました。

 そのようにして一日が終わりました。思い描いていたことが実現してAさんは満足、ご無沙汰していた山歩きができて私も満足、私にとって趣味とボランティアが同時にできた一石二鳥の一日でした。味を知ったらやめられない。Aさんは、早速次の登山の構想を打ち出しています。

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 私が昔から行ってきたイベントのお手伝いボランティアや運転ボランティアは、日ごろ外に出ることが制限される障害者を屋外に誘い出したい、楽しい時間を過ごしてもらうお手伝いをしたいという思いから始めたものでした。昔は、障害者を招待するという感覚のものが常だったのですが、最近は、障害者の方から手伝ってと言われるものが増えてきました。いや、一緒にやろうよと、私の方が招待されているのですね。

 仕事に挫折したということは仕方ないにしても、更に趣味や遊びまでも挫折しなければならないなんて、悲しいですね。少しのお手伝いでこれを軽減させることができる。自分も楽しむことができる。素敵ですね。皆さんもやってみませんか。(2006.4.29)

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